仮想戦記物を斬る


日本が太平洋戦争で負けた原因は何といっても海上護衛力の欠如でした. 仮想戦記小説で海上護衛問題を扱ったものはほとんどないでしょう. この問題は,日本海軍という組織が抱えていた根本的な欠陥とも関係があるので,史実を少しくらい手直ししたからといってどうにかなるものではありません.

また,革新的な兵器の登場がどの程度の効果があるものかをランチェスターの法則という観点から考えてみます.

これらの考察から,たいていの仮想戦記小説は妄想の産物であるといえます.

目次


船舶の膨大な損失

兵站を軽視していた日本は,太平洋全域におよぶ作戦は無理であったし,実際にも考えられていなかった. ところが,南方の資源地帯(東南アジア)を確保して長期持久体制を確立しようという考えが日中戦争の悪化とそれに伴う国際的圧力の中から誕生してくる. その際,フィリピンがどうしても邪魔になるのでアメリカとの戦争は避けられないということになった.

南方の資源地帯を確保してアメリカとの長期戦が可能であったのだろうか? 当時の日本は世界第三位の海運国であり商船をおよそ600万トン保有していた. このうちの半分の300万トンが資源などの輸送に当たれば,日本が長期戦を戦うことは可能であろうと考えられていた. 十分自足持久は可能に思えるが,敵が日本への輸送を阻む様になれば話は別である.

これについて戦争前に海軍が計算した被害予想は以下の通りであった.

1年目80-100万トン,2年目60-80万トン,3年目40-60万トン

実際に沈められた船舶は以下の通りに推移した.

1年目96万トン,2年目169万トン,3年目392万トン

ドキュメント太平洋戦争海上護衛戦より

このように日本は完全に輸送を阻まれてしまい,860万トンに達する膨大な船舶を喪失し,全船員の半分の6万人が戦没したのである. この中のほとんどは潜水艦の攻撃によるものである. 軍人よりも船員の死亡率の方が高いのだ! 彼らが門司港から出港する前に歌った歌があるという.

同じ乗るなら○○にお乗り
北はアリューシャン南はソロモン
玉と砕けてこの海に
不滅の光をあげるのだ

軍人でない人間がこれ程の決意をしなければならなかったのはなぜか?

[目次に戻る]


海軍はどうしていたのか?

海軍は船団護衛のことを真剣に考えていなかったのである. 海軍はアメリカの艦隊と戦うのが任務だから商船の護衛に戦力を割けるか!というわけである.

結果的には自分達の艦艇が動かなくなるというのに,海軍は敵艦隊を撃滅することで戦争が終わるという決戦思想から抜け出ることはなかった. 終戦になるまで連合艦隊は手持ちの駆逐艦を船団護衛に使わなかったのである.

なぜ,船団護衛をするという発想が出来なかったのだろうか? これには軍という組織を考える必要があるだろう. 海軍兵学校・海軍大学校を良い成績で卒業した者が重要な部署に就く. 海軍兵学校を出た者は,とにかく大佐まで昇進させる. 軍隊も年功序列であり,年次の上の者がいるときには昇進できず,同じ階級でも海軍兵学校を出た年次が上のものが指揮権を持つ. 軍人といっても身分を保証された公務員であり官僚と同じなのだ. 陸軍と海軍の仲が悪い事だって官僚と同じだと考えると納得できる部分もある. 官僚であるから明文化されたものや以前からの慣習などを重視する傾向があった. 平時にはそれでも構わない. しかし,戦争ではそういう悠長な事をしているわけにはいかない.

だが,太平洋戦争が始まってからも変わらなかった. 古賀峰一大将が遭難した際の指揮権の混乱や,終戦間際の1945年5月,小沢治三郎中将が連合艦隊司令長官(正確には海軍総司令官)に就任する際の人事異動などをみると,年功序列のシステムが最後まで機能していたことがよく分かる.

一方,アメリカ海軍のシステムは合理的であった. ポストに階級がくっついているのである. つまり,太平洋艦隊の司令長官ならば大将,第3艦隊の司令長官ならば中将,というようにポストに対して階級がつけられていた. これならば,抜擢されて太平洋艦隊の司令長官になれば大将なのだ. 指揮権が混乱することはない. 解任されたら元の階級に戻される. 実に合理的ではないか.

イギリス海軍を模範として誕生したばかりの海軍が,日清・日露戦争の艦隊決戦で鮮やかな勝利をした. だから,日本海軍は艦隊決戦で勝つということを金科玉条のごとく考えるようになった. そして,自分達は独自の道を歩む事が出来ると自信を持った. イギリスは多くの植民地を持っていた事もあり,船団護衛を海軍の重要な役割として認識していた. ところが,日本海軍は日露戦争の勝利によって,イギリス海軍から船団護衛という考えを引き継がなかったのである. 結局,なまじ大勝利した事が30年以上も経った太平洋戦争にも影響していたのだ.

イギリス海軍を範として組織され,国民からも西欧文化の香り高いものとして親しまれた日本海軍だったが,やはり日本海軍だったということか.

四人の連合艦隊司令長官の後書きより

現在の会社や官のシステムと何ら変わりはしないのだ. このような体質があった軍が柔軟な発想をして戦争に当たるなどという事はありえなかったといえるだろう. こういった視点から考えると,仮想戦記にありがちな人事の抜擢や大胆な方針の変更などは夢のまた夢である.

[目次に戻る]


船は動けない

ガダルカナルでの戦いの時に,なぜ戦艦部隊をもっと頻繁に送り敵飛行場の砲撃ができなかったのかという疑問もよく出されるが,すでに日本国内の油が不足し始めていたので無理があった.

たとえば,大和などは動かない時でも相当量の油を必要としたのである. もちろん,貧乏国の悲しい性で出し惜しみ意識が強かったことも一因であろう. しかし,少なくとも開戦半年足らずで油の問題が出ていたのである. 戦争を始める前には,国内に2年間の石油の備蓄があると考えられていたが,戦争が始まると広大な太平洋を連合艦隊が動きまわったから予想以上に石油を消費することになったのである. だから,日本の海軍が全世界を縦横無尽に動きまわるなどという仮想戦記にありがちな話は到底不可能なのである.

仮想戦記物で兵站や輸送についてしっかり考証したものは皆無に等しい. このように補給や兵站を無視した点は極めて危険な考えである. 小学生が考えた話ならば分からないでもないが,ちゃんとした作家が書いていて大きな出版社から発売されているのだから,この程度の考察があってもよいはずである. もちろん,期待通りに活躍できなかった兵器を活躍させてみたいというのは分かる. ある作戦の局面でこのようであったならば…ということは理解できるけれども,太平洋戦争全部の流れを変えるようなことは行き過ぎのような気がしてならない.

[目次に戻る]


近代戦の本質

戦術兵器のひとつやふたつが登場したからといって戦争の流れが変わるということはありえない. 物量に優る敵に勝つことは近代戦においては不可能に近い. というより,物量こそが近代戦争の本質だからである. これはランチェスターの法則を考えれば明らかである. これは第1時世界大戦における飛行機の損害から導きだされたものである.

第一法則

戦力は兵力に比例する.

第二法則

戦力は兵力の2乗に比例する.

第一法則は古代の戦争の様に1対1の戦いを想定している. 古代の戦いでは個人の技量や武器の威力がものをいう.

一方,第二法則は近代戦のような1対多数の戦いを表している. 近代戦では火力の登場により,兵力の集中効果が生まれる. 近代戦争は打った弾の数に比例して敵がやられていくという意味で確率戦となってしまい三国志のような英雄が誕生する可能性は低い.

次のような例を考えるとわかりやすい.

敵味方ともに,初めに兵力を100持っていたとする. 武器の性能が同じとき100対100で戦うとどちらも全滅してしまう. いま片方が出し惜しみをして兵力を50しか出さないとすると100対50の戦いとなる.

第一法則では50が全滅するまでに100も50減るが,第二法則では50が全滅するまでに100の方は13程度しか減らないのである.

兵力の比は2対1であるから,第二法則から戦力は4対1となる. つまり,100の方が1減るあいだに50の方は4減るのである. これから計算すると,100の方が受ける被害は,50 / 4 = 13 という数字になる. ここに残りの50を投入すると87対50の戦いになる. すると50が全滅する間に87のほうは17程度しか減らない.

第一法則は次のような微分方程式で表される.

d N / d t = - W

d M / d t = - V

ここで,N,M が兵力数,V が N の側の武器の能力,W は M の側の武器の能力である. これから,単純に時間 t に比例して兵力が減っていくことがわかる.

それに対し,第二法則は次のように表される.

d N / d t = - W M

d M / d t = - V N

これは,兵力の減り方が,相手の兵力と武器の性能の積に比例することを表している. これを解くと時間的に減少する指数関数の解となる. これを書き直すと,武器の性能などが同じときには,N2-M2=N02-M02という関係が導かれ,兵力の2乗に比例するという関係が出てくる. N0,M0は最初の兵力である.

つまり,同じ100の兵力を持っていても兵力の投入の仕方によって,片方は全滅し,片方は70も残るということが起きるのである. このように兵力を多く投入することが勝敗を決めてしまう.

日本も太平洋戦争の初期は戦力を集中運用できたから,あれほどの戦果をあげることが出来たのである. しかし,集中運用するだけの兵力を失えば,補給力の大きな方が戦争の主導権を握ることになる. このような点の考慮も仮想戦記物には欠落しているように思われる.

追記(2001/02/20)

このような例として有名な話があるので紹介しておく.

東郷平八郎が日本海海戦の後に語った話として次のようなものがある.

百発百中の砲一門は,百発一中の砲百門に匹敵する.

これに対して,後に井上成美が次のように批判している.

百発百中の砲一門と百発一中の砲百門が撃ち合ったら,相手には百発一中の砲九十九門が残る.

[目次に戻る]


精神だけでは勝てない

これについては機動部隊にこんな話が載っている.

捕虜あたりからの情報で,アメリカの前線風景をしばしば耳にした. そして思うことは,チョコレートやコーヒーがひととき欠けても戦えぬ,といったような贅沢を言っている米軍に対し,梅干と握り飯さえあればと,困苦欠乏に耐える日本軍がなぜ負けるのだろうか?ということであった. 近代戦の様相はもはや精神力だけでは補えない. 国民生活の水準が高くて,贅沢をいっている方が,近代軍備の潜在力を多く持っていることを知らねばならない.

われわれが身をもって体験したこの教訓は,食うものも食わずにつぎこむやりくり軍備のみでは,国家の安全保障は必ずしも期待できないこと,これに反し,八千万の日本国民が,せめて一家に一台の自家用車でも乗り回せるようになったら,国内に一兵を見ずとも,おのずからある程度の軍備はついてくることを教えている.

これは昭和28年に書かれたものであるが,現在の日本はこれ以上の豊かさを持つに至っている. このことから,現在の日本は潜在的な軍事大国といえよう.

日本が太平洋戦争で絶対に勝てない理由を知りたい人は海上護衛戦を読んでみて下さい. 日本の兵站・補給面における見事な負けっぷりがわかるでしょう.

[目次に戻る]


参考文献

[目次に戻る]


[日本軍の研究のページへ戻る]