府県合併による選択的な道州制導入について

 

日野貴之

 

1.序論

 バブル期以降、大都市圏の中間自治体に期待される役割の中で一貫して最も重要な位置にあるのは、新たな雇用を生み出す源となる新しい技術、新しい産業のインキュベータとしてのそれである。このような役割は高度成長期には主として旧通商産業省が果たしていたものであるが、多様化し不確実性の増す今日の市場経済においては、霞が関という単一の司令塔がもっぱらそれを担当するのはもはや適切とは言えない。そこで各々の地方自治体にその役割が期待されることになるが、従来の都道府県の財政力、権限ではその役割を十分に果たすには不十分である。そこで現在の都道府県を再編し、より強力な中間自治体を生み出そうという、いわゆる道州制が論議の対象となってくる。ここでは大都市制度の中でも、大都市圏における道州制導入というテーマに論点を絞って議論を進めていきたい。

 明治中期以来百年以上にわたって続いてきた四十七都道府県の枠組みを再編する道州制、長く議論されてきたテーマである。ことに合併特例法の改正に基づき19994月から20103月までに実施された平成の大合併の結果、あるいは指定要件の緩和による政令指定都市の増加により地方行政における都道府県の役割が相対的に縮小し、中間自治体の存在意義の再定義が求められている。その一方で都道府県に対する一般国民の愛着は深く、道州制の議論が国民の多数にとっては、机上の空論にしか聞こえていないように思われる。現在推進側によって論じられている都道府県制から道州制への移行の方法論は果たして現実的なものと言えるのであろうか。

本稿ではそのような問題を再検討し、より現実的な道州制導入の工程表の可能性を考察してみたい。また道州制の導入と中央新幹線の建設を組み合わせることによって国土軸を移動させ、プレート境界型地震による震災のリスクを軽減する可能性についても考察したい。

 

2.各政党の道州制に関する公約

道州制が中間自治体の再編を伴う政策論である以上、現実の政治の場でいかなる経緯を経て実現に至る可能性がありうるかという問題が、政策そのものに関する議論と並行して論じられる必要があろう。したがって国政選挙に臨む各政党が、道州制に関していかなる方針を示しているかを検討することは重要である。政党の選挙公約として道州制の導入を掲げているのは自由民主党とみんなの党である。以下は、前回の総選挙における自由民主党のマニフェストおよび翌年の参院選マニフェストの道州制に関する部分の抜粋である。

 

道州制の導入

国際化、少子化、成熟化の中で、日本再生のため国のあり方を根本的に見直す。国際社会に発信できる個性豊かで活力ある圏域を創出するため、都道府県を越えた広域的なエリアで地域戦略を担う道州を創出し、多極型の国土を形成していく。このため、新しい国のかたちである道州制の導入に向け、内閣に「検討機関」を設置するとともに、道州制基本法を早期に制定し、基本法制定後6〜8年を目途に導入する。また、この間、先行モデルの北海道特区などを一層進める。

                        (平成21年度第45回衆議院議員選挙「自民党 政策BANK」)

 

135 道州制の推進

 民主党政権が掲げる「地域主権」は、あいまいなキャッチコピーにすぎません。わが党が目指す地方分権型国家には、住民に身近な行政は市町村、広域的な行政や市町村間の調整は道州がそれぞれ担い、国は外交・防衛など国家全体の利益に直接関わる事務に限定するという明確なビジョンがあります。道州制の導入による地方分権の推進を図るため、道州制基本法を早期に制定します。

(平成22年度第22回参議院議員選挙「自民党政策集 J−ファイル2010」)

 

総選挙のマニフェストでは、道州制導入の目的が簡潔に述べられ、道州制基本法の制定とその6〜8年後の導入が謳われている。党内には道州制に積極的な議員も少なくないが、一方200812月には、担当閣僚である鳩山邦夫総務大臣の消極姿勢により、政府の諮問機関である道州制ビジョン懇談会が道州制基本法の骨子案の策定を断念している。みんなの党の道州制に関する公約は以下の通りである。

 

2.新たな「国のかたち」=地域主権型道州制を導入し、霞が関は解体・再編する

1.7年以内に「地域主権型道州制」に移行。そのため、内閣に道州制担当専任大臣を設置し、道州制の理念、実現までの工程表、地方の代表も参加した遂行機関の設置などを明記した「道州制基本法」を11年度中に制定。

2.7年間で、道州制の確立のために、税源移譲の道筋をつける。現在国と地方の歳入比がおおよそ6:4であるが、それをそれぞれの業務に応じ最終的には2:8程度まで、逆転させることを目指す。国、州、基礎的自治体の歳入比は、2:3:5程度をめどとする。その第一歩として11年度には国と地方の税源配分5:5に。その後、順次、権限移譲に伴い地方配分比率を嵩上げ。

3.国の中央省庁の役割は、外交・安全保障、通貨、マクロ経済、社会保障のナショナルミニマムなどに限定し、大幅に縮小・再編。地方出先機関は一部(徴税、海上保安など)を除いて先行的に移管又は廃止。

4.上記にともない、消費税、法人税等の税財源、国の資産・負債を再編成。消費税は地方の基幹・安定財源とする。

(みんなの党HP 選挙公約)

 

道州制の導入時期に関して「7年以内」と明記している点、税源移譲の問題を取り上げて道州制の中身を具体化している点が特徴である。民主党は、マニフェストにおいて道州制には特に触れていない。20105月には原口総務大臣が道州制推進基本法の提出に意欲を見せたが、鳩山内閣退陣後は党内の集権派が主導権を握ったこともあり、政権内において道州制の議論が取り上げられることは少なくなった。

 

3.道州制導入の方法論

 自由民主党とみんなの党の選挙公約で道州制導入の方法論において共通しているのは、まず道州制基本法を制定し、それを根拠に国のトップダウンで区割りを確定し全国一斉に道州制を施行するという点である。第28次地方制度調査会(2006)は9道州、11道州、13道州の三例の区域例を示している。もちろんここで示された区割りは最終的なものではなく、導入に至る過程で当該自治体や住民の意向を取り入れ修正されることが前提であるとしても、道州制導入の必要性が必ずしも多数の国民のコンセンサスを得られていない現状で、こうした工程表に基づいて道州制を導入することが実際に可能なのであろうか。

都道府県の統廃合に関わる条文は、地方自治に関する憲法第八章第95条と都道府県制度に関する地方自治法第6条1項、同法第6条の二1項及び2項がある。

 

一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することはできない。

                                                                (憲法第95条)

 

都道府県の廃置分合又は境界変更をしようとするときは、法律でこれを定める。

                                                        (地方自治法第6条1項)

 

前条第一項の規定によるほか、二以上の都道府県の廃止及びそれらの区域の全部による一の都道府県の設置又は都道府県の廃止及びその区域の全部の他の一の都道府県の区域への編入は、関係都道府県の申請に基づき、内閣が国会の承認を経てこれを定めることができる。

 (地方自治法第6条の二1項)

 

前項の申請については、関係都道府県の議会の議決を経なければならない。

(地方自治法第6条の二2項)

 

地方自治法第6条は国による都道府県の廃置分合を認めるものであり、内閣法制局及び旧自治省行政局の従来の答弁では、憲法第95条 も国による都道府県の廃置分合を否定するものではないという解釈が示されている。しかし西尾(2007)は、戦後都道府県が完全自治体になった点を重視し、戦前の条文を引き継いだと思われる地方自治法第6条1項を根拠に、国が一方的に都道府県を廃止することに疑問を呈している。確かに憲法第95条の、特定の地方公共団体にとって不利益な立法を禁ずるという主旨に照らせば、従来の政府見解はいささか強引な解釈と言えるだろう。

道州制と呼ばれる構想には様々な形態が含まれるが、財界や各政党によって提案されているものは、基本的には現行の都道府県制との置き換えを想定したものである。また現行の都道府県制の存続を前提とした道州制導入案は、行政の効率化という道州制本来の目的と照らし合わせれば、説得力を持つとは考え難い。区割りの問題を当該自治体や住民に上から強制することに限界があるとすれば、都道府県をいかにして円滑に道州へ再編していくかという観点により重点を置いた工程表の見直しが不可避と思われる。

 

4.道府県合併式の道州制

 都道府県を道州へ移行させる手続き論として最も障害の小さい方法は、言うまでもなく府県合併によるものである。当然ながらこれまでにも、府県合併を通じた道州制への移行は論じられてきたが、道州制推進の立場からは否定的に扱われることが多い。その理由としては

 

・単なる府県合併だけでは規模の大きな中間自治体が作られるだけで、国からの権限移譲が期待できない

・合併のコンセンサスが得られる時期を全国的に統一することはほぼ不可能であり、特定の地域から先行して導入することになるため州と従来の都道府県が並立した状態となり、国からの権限移譲を進める上で大きな障害となる

 

といった点が強調される。このような懸念は妥当なものであり、府県合併という方法論をとる場合留意されなければならない点である。それではどのような方策を用いれば、道州制本来の目的を可能な限り失わずに、府県合併により道州制を導入することが可能となるのであろうか。

道州、通常の都道府県より多くの権限を国から移譲された中間自治体として位置づける具体的な方策としては、地方自治法第12章大都市等に関する特例による「指定都市」(いわゆる政令指定都市)の制度に類したものが考えられる。州を指定制度として位置づける際に重要なのは、適用要件と特例の内容である。

まず要件に関しては、2006年に制定された「道州制特別区域における広域行政の推進に関する法律」(いわゆる道州制特区推進法)における「道州制特別地域」の定義、すなわち「北海道地方又は自然、経済、社会、文化等において密接な関係が相当程度認められる地域を一体とした地方(3以上の都府県の区域の全部をその区域に含むものに限る)のいずれかの地方の区域の全部をその区域に含む都道府県であって政令で定めるもの(以下『特定広域団体』という)の区域」が一つの目安になる。すなわち北海道はそのままで、他は3以上の現在の都府県の区域を含む団体が資格を得るというものである。しかし三府県以上の合併という要件は、初期の道州制導入の政治的ハードルとしてはいささか高過ぎると思われる。そこで「3以上の都府県」の部分を「2以上の都府県とそれらの府県に属さない1以上の市町村」としてはどうか。すなわち三府県のうち一つに関しては、その全域ではなく一部が分離して他の二府県と州へ移行するケースも許容するのである。これにより、現在の県境を維持することが必ずしも合理的でない地域にも、より実態に沿った区割りでの道州制導入が可能となる。なおこの場合は単純な都道府県合併とは異なり、地方自治法第6条1項により都道府県の境界変更のための法律の制定が必要となるので、極端な区割りに関しては国レベルでのチェックが担保される。

州は、あくまでも特別な市という位置づけの政令指定都市とは異なり、その本旨に照らして従来の都道府県とは異なる権能を持った自治体であることを法的に位置づけることが望ましいとすれば、地方自治法第1条に新たな普通地方公共団体の種類として明記すべきであろう。同時に、その権能に関して通常の都道府県と具体的に異なる点は、同法第2編などに必要な事項を追加することが必要である。州の認定は、要件を満たした当該自治体の申請を受けて、総務大臣が認定することになろう。

ここで問題となるのは、州と従来の都道府県との差別化の具体的な中身である。府県合併の政治的ハードルは市町村合併のそれよりも相当に高く、また道州制導入の本来の目的に鑑みても、政令指定都市より特例によって与えられる権限と財源をより大胆なものにする必要があろう。権限の移譲に関しては、研究者や自治体などから多くの試案が示されているのでここでは改めて論じない。道州制への移行においてより重要なのは、国からの税源移譲である。税源の移譲が先行すれば、権限の移譲を促進することが期待できる。近年では2006年度税制改正において所得税から個人住民税への税源移譲が実施されたが、一方で2008年度の税制改正では財政格差の調整の名目で、逆に法人事業税の一部が国税の地方法人特別税となった。これは特別地方法人譲与税として都道府県に再配分されることが前提の暫定措置とされているものの、その施行期間は「税制の抜本的な改革において偏在性の小さい地方税体系の構築が行われるまでの間」としか記されておらず、財政の分権化の観点からは必ずしも望ましいものとは言い難い。

 最終的な道州制における地方財政制度のあるべき姿とは別に、パイロット的に道州制を導入する際の特例として、どのような措置が適切であるかが一つの問題となる。一般には税源の偏在性の小さい消費税が、地方への税源移譲に最も適しているとされている(21世紀政策研究所,2009など)。一例として消費税法、地方税法の改正より、現在国と都道府県、市町村の間で8:1:1の比率である消費税の配分を、国と州、市町村の場合は4:5:1に変えるといったことが具体案として考えられる。このような州の認定と国からの税源移譲がセットで行われるような仕組みを用意することによって、住民のコンセンサスが得られた地域から円滑に道州制へ移行できる環境を整えることが可能となるであろう。

合併方式によって道州制を導入する場合、当面は州と従来の都道府県が併存することになり、地方自治に関しては一国二制度の状態になる。これが合併方式に対する反対論の最大の根拠とされるであろう。特に財務省などの中央官庁は、都道府県と州の間で税源配分などに差異を設けることには非常に否定的であろうと思われ、また道州制推進の立場からも、そのような状態では州に対する十分な権限や財源の移譲を進めることが難しく、道州制導入の意義が薄れてしまうという懸念も当然示されるであろう。

しかし実際には、主として財政力の相違から分権を強く望む地域と中央政府の関与の継続を望む地域の意識の差が大きく、全国が歩調を併せて道州制を推進することは非常に困難である。北海道庁は道州制特区推進法により、合併を経ることなく国の出先機関の道庁への統合など道州制の導入に関する様々な試みを許されているにもかかわらず、積極的な対応をしていない。これは特に財政面での国の関与が縮小することを恐れているからだと言われている。このような現状から、道州制基本法によって一時に47都道府県を廃止し、翌日から全国一斉に道州制を施行するという財界や各政党がこれまで想定してきたシナリオの実現の可能性は低いと言わざるを得ない。立法により期日を確定できたとしても、国民のコンセンサスが曖昧なままでの道州制移行という政治的決断を、果たして時の政権が行いうるであろうか。

西尾(前掲書)は既存の都道府県と道州が水平的に並存したり、都道府県が市町村と道州の間に残存するようなことを許容しなければ道州制の円滑な導入は難しいとしている。最終的な道州制のあるべき姿をデザインすることも重要であるが、それとは別に不完全な制度であってもパイロット的に先行可能な地域から道州制を導入し、導入した地域からインフラ整備や産業振興などの分野を中心に分権を進め、段階的に都道府県制から道州制に移行できるような枠組みを用意する方が、最終的には目標を達成できる可能性が高いと思われる。そして全国の過半の地域に道州制が導入された段階で道州制基本法の制定を行い、より抜本的な分権を行えばよいのではないだろうか。

地方自治法第6条の二の関係都道府県の申請による合併の場合、関係都道府県の議会の議決が必要であるから、区割りや州都の選定といった非常に政治的ハードルの高い問題を含めて、十分に時間と手間をかけた住民の意見集約が行われるはずである。なお次章以下で展開する試論は、区割りや州都の選定が原則として当該自治体および住民のコンセンサスによって決定されるべきという大前提の下に、一つの選択肢として提案するものである。

 

5.道州制における東京の扱いと関東地方における区割りの考察

西尾(2009)は、東京大都市圏の人口と財政力が突出して巨大であることから、その区割りの問題は、道州制の議論において最大の難問となると指摘している。道州制への移行に伴い、国から州への税源移譲を進めていけば、東京を含む州の財政力は現在の東京都以上に強大なものとなり、逆に財政調整の機能を強化せざるをえないといったジレンマに陥ることになろう。このように首都圏全体を単一の州とすることは、他の地域との間の財政力格差の観点から問題が多い。したがってこれまでの議論と矛盾するが、東京の扱いに限っては国レベルの強い関与が不可欠であると思われる。現状では合併方式による道州制の導入を制度化する場合も、当面は東京都は対象外として現状のまま存続させざるをえないであろう。

東京および首都圏を道州制の中でいかに取り扱うべきかについては、これまでに以下のような提案がなされている。

・西尾(前掲書)による東京圏連合構想

・東京商工会議所の東京市構想

・経済同友会の東京特別州構想

・佐々木(2010)による東京都市州案

猪瀬東京都副知事による東京DC特区構想

このうち政府の地方制度調査会で示された東京DC特区構想は、東京23区の約半分である都心の千代田、中央、港、新宿、渋谷など12区に目黒、北区の一部を加えた人口約300万人の地域を政府直轄の「東京DC特区」とするものである。なお佐々木(前掲書)は、東京DC特区のような政府直轄には反対の立場ながら、概ねJR山手線の内側の人口200300万人の地域を「新東京市」とする案も示している。また西尾(前掲書)は、東京圏連合構想の中で都心5区を政令指定都市の東京市に、その他の18特別区を市に改め、東京都を府に戻すことを提案している。

東京DC特区構想は結果として都心の税収が他地域に使われることになるため、実現への政治的ハードルが非常に高いと考えられるが、極端に東京都心へ集中した税源を国へ移管することが可能になるため、合併方式により道州制を導入する場合には非常に有効な選択肢である。一般に道州制導入後の道州間の財政力の調整に関しては、国が直接関与しない水平型の財政調整制度が想定されている(21世紀政策研究所,前掲書など)。しかし仮に道州制の導入が全国一律でない合併方式で行われるとすれば、現在の垂直型の財政調整制度すなわち地方交付税制度が当面存続することになる。その一方で道州制に移行した地域において、国からの税源移譲を積極的に行わないのであれば道州制本来の意義が失われてしまう。東京DC特区が実現すれば、その税収により道州制導入に伴う国から州への税源移譲を補填し、あるいは地方交付税制度の財源の不足分に充てることも可能となる。

これは結果として都心の税収が他地域に使われることになるため、一見都心の住民にとって損な制度に思われる。都心の住民としては、潤沢な財源を専ら都心に再投資することを望むかもしれない。しかし限られた面積の巨大都市中心部への過剰な再投資は過度の機能集中を促進し、一部の業者を潤す一方で都市問題をさらに深刻化させ、都心の生活環境を悪化させるという悪循環を引き起こす。都心への再投資による過剰な集中がもたらす生活環境の悪化や災害リスクの増大を避ける方が、中長期的にはかえって良い結果をもたらすであろう。東京DC特区実現の政治的ハードルは高いが、それがクリアされれば税源偏在の問題が相当程度解決し、首都圏の残余の地域は合併方式による道州制導入の対象となりうるであろう。

このように現状では、東京都を合併方式による道州制導入の対象に含めるのは、税源のバランスという観点から問題が大きい。ここでは東京DC特区のような政府直轄地域を設けるか、23特別区の一部または全域に政令指定都市あるいは特殊な位置づけの自治体としての「東京市」を設置するかといった議論にはこれ以上踏み込まず、前章で示した「2以上の都府県とそれらの府県に属さない1以上の市町村」による州制施行を許容する試案に沿って神奈川県、山梨県に、東京都の南多摩地域などを分離して加えた形で道州制を導入する一案を示すことにする。

・神奈川県、山梨県および東京都南多摩地域の5市をもって南関東州を設置する

・23特別区、島嶼部および北多摩地域は従来どおり東京都とする

・西多摩地域は東京都に残るか南関東州に移るかを各自治体が選択する、その際飛び地が生じないよう調整を行う

このケースで東京都から南関東州に移される地域は面積が約525900平方キロ、人口約135175万人となる。ここで敢えて東京都からの一部地域の分離という政治的ハードルの高い案を示したのは、関東地方において道州制の導入を考える場合、現状では税源の過度の集中の問題から東京都をその対象外とする他は無く、その場合南関東において「自然、経済、社会、文化等において密接な関係が相当程度認められる地域を一体とした地方」を構成することが困難だからである。すなわち最も一般的な東京、神奈川、千葉、埼玉の一都三県の区割り、あるいは第28次地方制度調査会が答申した区域例の一都二県または一都三県に山梨県を加えた区割りでは、人口や財政力において南関東州が過大な規模となることが避けられない。このため東京都を当面単独で残す案も示されているが、この場合南関東は神奈川、千葉、山梨といった非常に一体性に乏しい組み合わせとなってしまう。言うまでもなく神奈川県と千葉県の間は東京湾で隔てられており、神奈川県と山梨県も直接的には必ずしも密接な関係が相当程度認められるとは言い難い。

PHP研究所の示した区割り案では、都内のみを東京特別州とし、多摩地域を南関東に加えるという考え方が示されている。このように神奈川県、山梨県と多摩地域を一つの州に含めれば、少なくとも神奈川県と多摩地域、山梨県と多摩地域の間には自然、経済、社会、文化等において密接な関係が相当程度認められると言えるであろう。また静岡県東部の市町村が南関東に加わることも考えられる。牧島(2007)は神奈川県、山梨県と静岡県東部による富士州を提案している。一方千葉県は北関東の四県と相互に近接した位置関係にあり、これら五県の全部または一部により北関東州を構想することが可能であろう。むろんどのような組み合わせを選択するかは最終的には各自治体と住民の判断に委ねられるが、いずれにせよ東京湾を跨いで神奈川と千葉を組み合わせるような便宜的な取り扱いは十分な理解が得られないのではないだろうか。なお将来的に道州基本法が制定され、より連邦制に近い方向への政治決定がなされる場合には、首都機能を関東地方以外に移転し関東地方全体を一つの州にまとめることも一つの選択肢となろう。

 

6.三大都市圏への道州制導入と国土軸移動による震災リスク軽減への試案

2011311日に発生した東北地方太平洋沖地震は、あらためて言うまでもなく、震災に対する危機管理のあり方に大きな教訓を残した。中でも考慮すべきは、津波を伴うプレート境界型の巨大地震の破壊力である。我が国は国土の主要部分である本州中央部の太平洋側が、東北地方太平洋沖地震より短い周期で再来すると予想される東海南海および南関東のプレート境界型地震の脅威にさらされている(地震調査研究推進本部地震調査委員会,2010)。そして東海地方においては、人口や産業が集中した国土軸は、東北地方と比較しても想定震源域に非常に近い海岸付近を通っている。

東北地方太平洋沖地震の当日、東京都内は震度5強程度の揺れであったにもかかわらず公共交通網が長時間麻痺し、巨大都市の震災に対する脆弱さが浮き彫りになった。浦安市などかつて海であった土地では、震源域から非常に遠く離れていたにもかかわらず、液状化により住宅地が少なからぬ被害を受けた。東名阪の三大都市の中心部が中世以降にデルタを干拓して生成した土地の上に立地することと、前述の如くプレート境界型地震が本州中央部の太平洋側に周期的に再来することを併せて考えれば、まさに最も危険な場所に人口が集中しているという国土構造の弱点が浮かび上がってくる。

またより具体的なリスク増大の要因として、M9.0という日本観測史上最大の東北地方太平洋沖地震による大きな地殻変動が、関東地方など隣接する地域への歪みの蓄積を加速し、それらの地域での大地震発生の確率を高めている可能性がある。Ishibe(2011)は、東北地方太平洋沖地震後の地震活動の変化から静的クーロン応力変化を計算し、30kmより浅い領域では相模灘周辺、30kmから100kmの深い領域では江戸川の周辺で最も応力が高まっているという結果を示した。前者は約200年の周期で再来する1923年の関東地震型のプレート境界型地震の震源域と、後者は数百年の周期で発生すると考えられている1855年の安政江戸地震型の直下型地震の震源域とほぼ一致している。

このようなプレート境界型地震による震災リスクを軽減することと地方分権の推進の両方の観点から、かつて首都機能移転の議論において天野(1994)が示した拡都論を三大都市圏における道州制導入へ応用した一つの試案を提案したい(図1)。天野は当時から計画されていた中央新幹線(中央リニア)を活用し、三大都市と甲府市付近の四ヶ所に首都機能を分散するという独自の拡都論を唱えた。この案の骨子は、ほぼ等距離に一直線上に並んだ四つの都心への機能分散である。ここでの試案における天野の拡都論からの変更点、追加点は以下の通りである。

・首都機能を中央新幹線沿線四ヶ所に分散移転するのではなく、三大都市圏に道州制を導入し、それらの州都を中央新幹線沿線に配置する

・これらの州都は従来の大都市の中心部ではなく、中央新幹線の通過予定地でありかつ震災リスクの低い場所を選定する

・近畿圏においては大阪府、奈良県、和歌山県、京都府、兵庫県、滋賀県の全域または一部による関西州を想定し、州都の候補地は関西文化学術研究都市または国際文化公園都市周辺

・中京圏においては愛知県、岐阜県、三重県、静岡県西部の全域または一部による東海州を想定し、州都の候補地は尾張丘陵北部

・首都圏においては神奈川県、山梨県、東京都西部、静岡県東部の全域または一部による南関東州を想定し、州都の候補地は橋本駅周辺

このような施策により、地盤の脆弱な地域に立地した三大都市圏それぞれの中枢機能をより震災リスクの低い場所へ分散、移転させると共に、これらの州都が東京都心と高速鉄道で直接結ばれることにより、国家レベルでの中枢機能の分散、移転を促すことが可能となるであろう。同時にこれは、現在東海道沿線を通っている国土軸を、プレート境界型地震の想定震源域からより遠く離れた中央道沿線方面へ遷移させ、広域的な震災リスクを軽減することにも繋がるであろう。

図1.国土軸移動による震災リスク軽減(地震調査研究推進本部地震調査委員会「全国地震動予測地図 2010年版」に修正、加筆)

 

7.おわりに

以上、道州制の導入を実現するために必要と考えられる問題に関して考察を加え、政令指定都市と同様の制度により、一定要件を満たした中間自治体を州と認定し、通常の都道府県より大きな権限と財源を付与する制度が有効であるという結論に至った。指定の対象となる区域は道州制特区法案のものを若干緩和したもの、すなわち「2以上の都府県の区域の全部とそれらの府県に属さない1以上の市町村の区域の全部を含む」とすることが考えられる。またプレート境界型地震の震災リスクに対して脆弱な三大都市圏の中心部への機能および人口の集中を、道州制の導入と国土軸の移動により緩和する方策に関する提案を行った。

江戸時代には、幕府の支配する天領と、比較的自立した運営を行う藩領の二つの地方制度が並存していた。今日の日本においても、広域行政の必要性がより高い大都市圏は道州制を導入し、財政力が弱く国の関与を望む地方は現行の都道府県制を継続するといった形を常態化するのもまた一つの選択肢であると考えられる。最終的に全国に道州制を導入するにせよ都道府県制との並存を常態化させるにせよ、先行して導入した地域の経験が、後続する地域が道州制を導入するか否かの判断を下す上で有効なものとなるであろう。今後三大都市圏などを基盤とする地域政党が道州制導入をアジェンダに掲げること、国政の各政党により道州制および震災リスクの軽減に関する議論が活発に行われ有効な対策が実行に移されることを期待したい。

参考文献

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Ishibe, T., K. Shimazaki, K. Satake, and H. Tsuruoka, “Change in seismicity beneath the Tokyo Metropolitan area due to the 2011 off the Pacific Coast of Tohoku Earthquake”, submitted to Special Issue of Earth, Planets and Space (EPS) “First Results of the 2011 Off the Pacific Coast of Tohoku Earthquake”

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佐々木信夫「道州制」(ちくま新書、201011月)

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